「マインドフルネス」とは「とらわれ」から解放され、本来の自分の心(マインド)が甦ること。既成の判断や思いこみ、とらわれをいったん外して、今、あるがままの自分の心でアートを受け入れてみてはどうか、と呼びかけるタイトルである。
東日本大震災により傷つき、すっかり縮こまってしまったように見える日本の人たちに、アーティストたちのスケールの大きな作品、既成概念にとらわれない作品に触れることで、「マインドフルネス」を体感してもらいたい。そんな願いを込めて企画し、40名の作家の作品117点を展示。2013年に鹿児島県霧島アートの森と札幌芸術の森美術館で開催された。
その後、2014年に名古屋市美術館、2016年に高知県立美術館、2017年に山形美術館においてそれぞれの館の独自性を加え進化系マインドフルネス展が開催された。
マインドフルネス展に寄せて
高橋龍太郎
最近、ソーシャルメディアを使った、世界で注目の新しいニュースサイト「ザ・ハフィントン・ポスト」編集長のアリアナ・ハフィントンは、あるインタヴューで、「アジアで最初になぜ日本版を開設するのですか」との問いにこう答えている。
-政治経済上の役割だけでなく、日本の文化には現代の西洋人を救うものがあると思うのです。日本庭園を歩くと、私は「マインドフルネス(現実をあるがままに受け入れる、気づき)」を感じます。こうしたものはストレスだらけの生活で疲弊しきっている世界に大きな効用をもたらすはずです-(※注1)
マインドフルネス!この記事を読んで世界ではここまで広がっている言葉かと驚くとともに、また逆輸入かと苦笑するしかなかった。「具体」も、「もの派」も、「マインドフルネス」も、もともと日本のものを、いま、米国から教わっている。
認知行動療法の第三世代を代表する人物ジョン・カバットジンはその著書『マインドフルネスストレス低減法』の前書きに鈴木大拙に禅を教わったことに触れ、道元の言葉を引用している。
「今、自分が存在している場所で真実を見つけることができないというなら、いったいどこに真実があるというのだろう。人生は短く、何びとも次の瞬間が何をもたらすかを知ることはできない。」(※2)
マインドフルネスとは、パーリ語でサティ(見い出すこと)に由来する言葉で、英訳が「マインドフルネス」、日本語では「気づき」にあたるが、日常的な気づきと混同しないようにわざわざ「マインドフルネス」と英語をあてている。
鬱や痛みに対して自動的に繰り返してしまう反復的な思考や感情や感覚から、距離をとること。それらは心の中に現れる一過性のものであり、マインドレスなものに過ぎないと気づくことを、マインドフルネスという。
とらわれから、距離のとれた気づき(メタ認知)へと変化すると言い換えてもいい。「ベタな認知からメタな認知へ」と私はよく冗談に言うのだが、そこでは、とらわれから解放された本来の自分の心(マインド)が甦える。
東日本震災から2年が過ぎた。
2,013年1月26日、せんだいメディアテークで開かれたシンポジウム「何のためのアート」で水戸芸術館現代美術センター学芸員の竹久侑は、「作家たちは自分が被災地でやったことが作品なのか言い切れなかった。でも美術館で紹介すると作品に見えるし、お客さん達も作品と考える。アートとは何かを考える契機になった」と語った。(※3)
<3.11>を巡って作家達は、大きな選択を迫られた。私の敬愛するある作家も、作品の完成の直前に、震災に遭遇し、制作を続けるべきかボランティアに行くべきか悩んだメールを送って寄こした。私は作品を作り続けることで、被災地に届くものがあると励ましたが、その選択は私達一人ひとりに突きつけられた問いでもあった。
アートとは何なのか。作品にはどう向き合っていったらいいのか?
アートに対する根源的な問いかけが必要な時かもしれないと私には思えて、今回のテーマを選んだ。
マインドフルネス!
私達がアートという対象を見るときに、湧き起こる解釈、評価、感情のほとんどは、個人的な(文化的な、集団的な)バイアスがかかるため、アートを「ありのまま」に知覚することは困難である。
この既製の判断やとらわれを、いったん括弧に入れ、今、あるがままにアートを受け入れてみたらどうだろうか。そうすると、これまでアートだと思って見ていたものが、全く異なって見えてくるかもしれない。あるいはアートと思っていなかったものが、アートになるかもしれない。
今回は、同時代的に生きてきた若い作家たちの作品だけではなく、抜きん出た力量を持っていながら、世代の違いで展示をしてこなかったベテランの作家たちも展示をしてみた。
それこそ、とらわれなくマインドフルに、相互の作品を見比べて欲しい。
アートの歴史はマインドフルネスによってもたらされてきたのかもしれない。
マルセル・デュシャンの《泉》と題された便器、《折れた腕の前に》と名づけられた雪かき用シャベルといった、いくつかのレディ・メイド作品はマインドフルネスの典型といえるのではないか。20世紀になって、作品そのものより、私達が気づかなかった「レディ・メイド」というコンセプトを既存のアートシーンにぶつけることで20世紀アートの革命がもたらされた。
これこそマインドフルネスと言っていい。過去の評価、価値観にとらわれず、「あるがまま」を受け入れることは、革命をもたらすこともある。いやアートの歴史とはこんなマインドフルネスによってもたらされた、新たな気づきの歴史だったと言ってもいい。
現代西洋だけではない、中世日本も同じことだ。茶道の千利休による見立ては、デュシャンより4世紀も前にレディメイドを使ったマインドフルネス革命であった。
あなたはこの展覧会で、どんなマインドフルネスを得られましたか?
※1-朝日新聞2023年4月20日朝刊(東京版)「フロントランナー アリアナ・ハフィントンさん ザ・ハフィントン・ポスト編集長」より。
※2-J・ガバットジン『マインドフルネスストレス低減法』(春木豊訳、北王路書房、2007年)xii頁。
※3-朝日新聞2013年3月6日夕刊(東京版「震災2年〈下〉アートとは 考える契機に」より。なお、竹久は、水戸芸術現代美術ギャラリーで行われた「3・11とアーティスト:進行形の記録」展(2012年10月13日〜12月9日)を企画している。)初出:『高橋コレクションーマインドフルネス!』展覧会カタログ(2013年 株式会社美術出版社発行)
- 会期:
- 鹿児島県霧島アートの森
2013年7月12日(金)ー2013年9月1日(日) - 札幌芸術の森美術館
2013年9月14日(土)ー2013年11月24日(日)
- 鹿児島県霧島アートの森
- 会場:
鹿児島県霧島アートの森、札幌芸術の森美術館(2館巡回)
- URL:
- 鹿児島県霧島アートの森
https://open-air-museum.org/event/event-1303 - 札幌芸術の森美術館
https://www.museum.or.jp/event/81242
- 鹿児島県霧島アートの森